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BSマイタウン通信

名古屋で出版と古本屋を一人でやっている70過ぎのジジイ。金はないけど暇はある。思うがままに綴る日常とは……。
●当店の「ホームページ」は下記をご覧下さい。
http://www.mytown-nagoya.com/
●ブログ「店主の近況・心境」は下記をご覧下さい・
http://blog.mytown-nagoya.com/?PHPSESSID=339e02ce033948d89a844f9756098c40
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北斎は描いていない
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     午前中は北区郷土史研究会に頼まれた月例会用のレジメ作り。先ごろ出版した本にちなんで「小布施岩松院天井絵の謎」と題して話をすることになった。自説を披露するいい機会をいただけた。

     岩松院の天井絵「八方睨み鳳凰図」は葛飾北斎の最晩年の大作としてあまりにも有名。89歳のときに描かれたというのだが、その年で240キロも離れた小布施まで歩いてこられたとはとても思えない。北斎はこの年、江戸浅草の自宅で門人の一人と会っており、その翌年に亡くなっている。

     これまで北斎の娘お栄(応為)だ、北斎を庇護した地元の画家高井鴻山(こうざん)だ、いや、北斎の弟子の為斎だなどと、様々な説が出されてきた。しかし、どれもが名前を挙げるだけで、それを裏付けるものがない。筆者はこれまでだれもが思ってもみなかった宮大工で彫り師でもある野村作十郎だと考えており、これを追跡してまとめたのが先の本だった。

     当然、地元での評判は悪い。しかし、北斎で町おこしをするのに水を差すつもりはまったくなく、ただ真実を知りたいだけである。地元には「北斎手彫りの盆」が残されているが、絵筆を持つことはあったとしても、北斎がノミを持って彫刻していたとは考えられない。

     当日は作十郎が描いた“証拠”の数々を取り上げるつもりだ。この意をどこまで伝えられるかはなはだ不安だが、こうして発表の場を与えられたのはありがたい。岩松院で天井絵をご覧になるときはこんな説もあることも思い出していただきたい。

     同会の月例会は8月23日(水)午後1時過ぎから約1時間半か2時間、名古屋市北区生涯学習センターで。参加費は600円。詳しくは北区郷土史研究会(世話人・加藤新一郎さん、携帯090・3386・5450)へ。また、天井絵に関する情報は下記のサイトなどをご覧下さい。

    http://www.town.obuse.nagano.jp/site/kanko/gansyoin.html

    http://4travel.jp/domestic/area/koushinetsu/nagano/nozawa/nakano/temple/10001433/
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