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BSマイタウン通信

名古屋で出版と古本屋を一人でやっている70過ぎのジジイ。金はないけど暇はある。思うがままに綴る日常とは……。
●当店の「ホームページ」は下記をご覧下さい。
http://www.mytown-nagoya.com/
●ブログ「店主の近況・心境」は下記をご覧下さい・
http://blog.mytown-nagoya.com/?PHPSESSID=339e02ce033948d89a844f9756098c40
時代は勝手に進んでゆく
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     ヤフオクが3月から決済をヤフーマネーだけする。古本などを買ったりするとき、これまでは銀行や郵便局からも送金できたが、今後はヤフーマネー以外では支払えなくなる。ヤフオクよ、お前もか、といった感じだ。

     ヤフオクではいまは多くの人がヤフーマネーでの決済だ。便利で簡単ではあるが、しかし、中には銀行などを使う人もまだいる。実感できる現金で取引するのとは違い、仮想通貨は雲をつかむようなものだ。

     証券会社の人が何かに書いていた。「いまは国も信用できない。国よりも企業の方が安心感がある」と。ビットコインやネムが話題になっているが、勝手に作られたバーチャルな通貨はいま、どれくらいの数があるのだろうか。

     このごろは牛丼屋の自販機でも使えるものがあるみたいだ。これが進むと、時代遅れの人間には牛丼も食べられなくなってしまう。ひところ、クレジットで支払う人はリッチで、現金で払うのはプアーだと言われたこともあった。

     来月からヤフオクがヤフーマネーでの取引のみになる。こちらがせっかく売り上げても、通帳で残高が増えたのを確認できない。パソコンのモニターに表示されても何だか手の届かないところにあるようで、自分の金とは実感しにくくなるのではないか。
    | 記事 | 05:47 | - | - | - | - |
    お声のかかるうちが花
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       これはうれしいニュースだ。連載させてもらっている日本農業新聞から「来年度も1年間、頼みます」とのメールが来た。4年近くも書かせてもらっており、いつ交替させられてもおかしくはない。

       寄稿しているのは「舟橋武志の読書日記」と題したもので、同紙の読書欄に隔月での掲載。もう一人の女性の方とのコンビにより、交互に担当させてもらっている。当初は1年とのことで首を洗って覚悟していたが、これほど長く“留置”されるとはうれしい限りだ。

       どうせ読む本である。自分の好きなものを自由に選べ、勝手に書けばよいのだから、こんなに楽しい仕事はない。これで過分な原稿料に加えて図書カードまでもらえ、申し訳ないような気持ちになってくる(が、もらえるものなら、やっぱりほしい)。

       書く場があるというのはうれしいものだ。原稿料なしで喜んで書くケースも多く、その一つに月刊「東海財界」の連載がある。名古屋の地でこうした雑誌を出すのは大変なことで、こちらから「原稿料はいらない」と申し出た(が、いい加減に書いているどころか、自分ではものすごく力を入れている)。

       書いた原稿が形になるほどうれしいものはない。後から読むと「しまった、こう書けばよかった」などと思うこともしばしばだが、それは後の祭りというものである。恥をかくのも仕事のうち、と自分自身を納得させている。
      | 記事 | 05:33 | - | - | - | - |
      若さがはじけた今日一日
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         今日の中日新聞夕刊1面のトップは「羽生 金 宇野 銀」、準トップが「藤井五段が羽生二冠破る」。ビッグニュースで紙面が狭いほど。平昌五輪も朝日杯の将棋も、主役は平成生まれの10代、20代だった。

         女房が見出しの「羽生」を見て「同じ字でも『はにゅう』と『はぶ』と違う読み方が面白い」と妙なところで感心した。なるほどそうか、二つ並んでいる。二人の「羽生」は滅多に出そうにない逸材と言えよう。

         ネットを見ていたら、海外のメディアは韓国の犬食文化を話題にしている。犬は養犬場で飼育されており、その野蛮な食習慣と劣悪な環境が非難の矢面に立たされていた。記事にある通りであるならば、動物愛護団体などが問題視するのも無理はない。

         確かにアジア大会のとき、自粛することにした。しかし、食べないと元気がでないと、いつしか元通りになっていたらしい。日本の鯨食も海外から槍玉に挙げられたが、犬となると身近にいるものだけに、その批判も分からないではない。

         北朝鮮の派手な宣伝工作も加わって、競技以外で何かと話題の多い平昌五輪だ。しかし、昨日今日は本来の演技で持ちっきりだった。何度も流されるテレビのニュースに釘付けの一日となった。
        | 記事 | 21:58 | - | - | - | - |
        威張って酒は飲めたが……
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           昨日、今日と一泊で高山へ。昨年の暮れから一度も遊びに行っていないので、女房孝行の一つ(と、もう一つは内緒の話)。「ワイドビューひだ」が進むごとに積雪は深まり、高山では3、40センチほどだった。

           町を歩いていて、見事なほどに滑って転んだ。どこもケガをしなくてよかった。先ほど入った喫茶店で「転んで骨盤がずれた」という話を聞かされたばかりだった。

           幸い、両日とも雪は降らなかった。あちこちを見て楽しんだが、やっぱりメインは温泉。格安のツアーでもホテルアソシアで泊まれ、久しぶりにゆっくりたっぷり堪能できた。

           つい先日、友達と下呂へ来たばかり。重なる飲酒とバイキングとで、体重が70キロを超えてしまった。断酒して68キロ台にまで落としたが、これでは元の木阿弥である。

           減らすには苦労するが、増やすのは簡単すぎる。このところ酒を飲みたく、夢にまで出てくるときがある。そう言えば、お医者さんは「好きなものを我慢するのもストレスがたまり、無理をするのはかえってよくない」と言ってくれていたなあ
          | 記事 | 20:12 | - | - | - | - |
          事故は絶対に起こさない
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             保険の期限が迫ってきた。アクサダイレクトには申し訳ないが、一番安かった三井ダイレクトにした。こちらは3万9000円ほどで、前者の半額以下だった。

             ネット時代になって、どの業界も厳しい価格競争にさらされている。期限が切れる前から、各社よりメールが来る。しかも、安さを競うものばかりだ。

             このジジイ、前科者なので8万だ、というのはアクサだけ。そんなことは承知済みでも、4万円台がほとんど。しかし、4万円を切ったのは三井ダイレクトだけだった。

             あのときは大変お世話になったが、これだけ開きがあっては致し方ない。ご縁がなかったことにしておいてほしい。アクサには「取られたら取り返せ」の意気込みで、他のどこかから奪い返してほしい。

             しかし、後ろめたい気持ちもないではない。一昨年、38万余円を負担させているし、しかも事故対応は親切丁寧で何の不満もない。各社の提示額並みにしてもらえるなら迷わず継続したのに、これがけの開きがあっては和田アキ子でないけれども笑って許してほしい。
            | 記事 | 06:20 | - | - | - | - |
            ホテルアルメニア初見参
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               いっぺん下呂のアルメリアへ行ってみたかった。友人は「まだ解凍し切れていないシャリシャリの刺身が出てきた」とよくは言っていなかったが、別の女性は「ニューハーフショーがすごいし、また見たい」と誉めていた。何かと話題になるホテルだが、一体、どんなところだろう。

               昨日、村の友達とバスを仕立てて遊びに行ってきた。年に一度の日帰り旅行。メインがアルメリアでの昼食と温泉、それにニューハーフショーの見物だった。

               結論から先に言うと、予想していた以上によかった。大きなホテルで、よくはやっていた。バイキングの食事もたっぷりあったし、温泉がぬるっとしていいお湯だった。看板のニューハーフショーのダンサーもさすがはプロだと感心させられた(が、また見たいと思うほどのものではなかった)。

               それにしても、彼らは女性以上に女性的だった。あのスレンダーな体を維持するのは大変だろうし、股間のふくらみもまったくなかった。温泉に入るのは女湯だなとの思いがちらっと脳裏をかすめたりもした。

               以前は友達だけで泊まりがけの旅行だったが、いまは縮小して相方を連れての日帰りである。コースは道の駅「平成」─ガン封じ寺の地蔵寺─ホテルアルメリア─酒蔵見学(高木酒造)─アウトレット土岐。アウトレット土岐は何かにつけて立ち寄るところだが、何にも買うものはないし、面白くもない。

               平凡な日々のように見えて、何かとアクセントがある。こうして幼友達と遊びに行くのもいいものだ。また、来年が楽しみになってくる。
              | 記事 | 11:47 | - | - | - | - |
              学生時代の思い出・社会人
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                 4月に入っても勤め先が決まっていなかった。たまたま目にした名古屋タイムズに「記者募集」の広告があった。80人ほどの受験者がいたのに、今度はまぐれで合格することができた。

                 試験は一般常識に作文と面接。一般常識の中には「水主町」「八事」など名古屋の地名にルビをふるのや「プロレスの技10手を書け」といったものもあった。当時、同社は「レジャーニュース」というスポーツ紙も出しており、プロレスには大きな誌面を割いていた。

                 いまにして思えば、これがその後の人生の出発点となった。人間、いたるところにチャンスはある。仕事はそれなりに面白く、名古屋タイムズは大学以上の大学となった。

                 約4年後にやめると言ったとき、父親は「どうして?」と不満そうだった。新聞記者であることを陰ながら自慢していたからだろう。しかし、すでに辞表は出していた。

                 それからが苦労の始まりだった。しかし、いま考えると、こんな面白い人生はなかったし、自立したからこそこの年になっても現役でいられる。思い出に浸っていたのでは切りがないのでこのへんでやめるが、まだまだやりたいことはいっぱいある。
                | 記事 | 11:38 | - | - | - | - |
                学生時代の思い出・就職
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                   卒業式を終えても、就職先が決まっていなかった。式で学部長がはなむけの言葉として「人生、至る所に青山あり」と言われたのがひときわ耳に残った。未決定者はごくわずかしかいなかった。

                   これより前、就職活動はそれなりにしていた。養護施設の指導員になろうと、募集のあった岡崎のH学園を受けた。面接だけだったが、指導力がありそうにないと思われたのか、後ほど「残念ながら……」との通知が来た。張り出されている一般企業を二つ三つ受けたもののいずれも不合格で、見かねたゼミの先生から「ここは知り合いだから」と鋳物工場を紹介された。

                   父親に「あそこなら入れる」と話したら、渋い顔で「大学までやって鍛冶屋か」と落胆した。先生には「通勤に不便で」などと、ていよくお断りした。いまその会社は大きくなり、入っておれば幹部くらいになれたか、あるいは採用していなかったので成長できたのかもしれない。

                   卒業後、かなり経ってから知ったのだが、「青山」は希望のある青々とした山ではなかった。辞書を引くと「墳墓の地」、墓場を意味している。大学は卒業したものの、いまだ勤務先が決まっていなかった。
                  | 記事 | 07:09 | - | - | - | - |
                  学生時代の思い出・バイト
                  0
                     夏休みと冬休みはアルバイトに励んだ。西区の東芝では洗濯機の、岩倉の石塚硝子では牛乳瓶印刷の、それぞれのラインに立った。両社では食堂でうまいものが食べられ、定番にしていたバイト先だった。

                     しかし、一番印象に残るのは初めての夏休みにした、北区の小さな製氷会社の仕事だった。当時、日当が300円を切っていたのに、ここは450円をもらえ、仕事を終えると温かいみそ汁が出た。その代わり12時間勤務の夜勤で、夏でも寒さに振るえる職場環境だった。

                     何よりも日当450円が最大の魅力だった。数人の募集に応じたのは一人だけだった。それだけに親切に接してもらえたが、先方の心配はガリガリにやせたこちらの体力にあったのではなかったか。

                     夏になると大きな氷の固まりがテレビなどに映し出されたりする。あれを引きづり出してきて、ノコギリでいくつかに切るのも仕事だった。ちょっと切り込みを入れ、ノコギリの背でコツンと打つと、きれいに割れたものだ。

                     夕方、みんなが帰宅を急ぐのに、名古屋駅から市バスに乗るのは気が重かった。しかし、職場は少人数で明るく家庭的で、厳しい夜勤も苦にならなかった。体力が鍛えられたうえ、初めて自分で稼いだ金だったが、どこへ消えたかは思い出せない。
                    | 記事 | 18:10 | - | - | - | - |
                    学生時代の思い出・家庭教師
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                       テレビでお笑いの春日が東大受験に挑む話をしていた。こんな番組に起用されるのだから、もともと頭はよかったのだろう。学習塾の先生から指導を受けながらの勉強だったが、いまの受験生は難しいことをやっている。

                       大学へ入ったとき、小学5年生の家庭教師をした。まずまずの成績を出してくれ、「中学に入ってからも」と頼まれた。が、とても自信がなく「勉学に専念したい」とのもっともらしい理由をつけて辞退した。

                       バイトとしてはいい日当だったが、結構ストレスのたまる仕事だった。中学生に教えるにはこちらの能力が足りなくなる。恵まれた家庭で親切にしてもらえたが、続けていくだけの自信はなかった。

                       あのころ、グラタンというものがあるのを、生まれて始めて知った。勉強が終わるとコーヒーを出してもらったり、ときには夕食までいただくこともあった。グラタンを口にしたどころか、その名を知ったのもそんなときのことだった。

                       名古屋へ出てきた田舎者にとって、家庭教師を雇うような家の暮らしはまぶしかった。グラタンにはほろ苦い思い出がある。そして、いまでもこんなしゃれたものを口にする機会はほとんどない。
                      | 記事 | 18:06 | - | - | - | - |